「甘い考え」
真冬の白川郷でのロケのことだった。すでに日は暮れかかり、その日の撮影時間のリミットが迫っている。「次の撮影を終えたら今日は終わりか…」そんなことをぼんやりと考えながら、俯瞰の景色を撮影するべく、スタッフとともに雪に覆われた小高い山を登っていった。
履き慣れないスノーシューのせいで足元がおぼつかないことを除けば特に問題なく、撮影は無事終了。あとは帰るだけ…と思っていると、たどたどしく歩く私を尻目に、ディレクターS氏が雪山の急傾斜をものともせず、一目散に駆け下りていった。何かを逃すまいと遠く走りゆくその姿を捉えながら、私は自分の考えの甘さに気づかされた。
4泊5日の日程で行われたこのロケ。おおよそ3日に1度雨が降るこの国では、単純計算して天候が荒れるのは1日、2日ということになる。しかし豪雪の地・白川郷では、「どうにか天気がもってほしい」というスタッフの祈りも虚しく、連日雪が降り続いていた。そんななかで奇跡的に晴れた、日没前のこの時間。ディレクターがみすみす逃すはずがない。息を切らし、必死に追いかけていった。
しかし、ようやく追いついた先にあったのは、橋の上で雪の塊を抱えるS氏の姿だった。こんもり積もった雪を、下を流れる川に向け一心不乱に落としていたのだ。
「な、何をしているんですか?」
「これね、川の流れをせき止めようとしてるの。」
「え…?」
無邪気な笑顔に、しばし戸惑う私。だが、その手を休めることはない。S氏がアウトドアをこよなく愛することは知っていたが、ロケ中まで遊んでいたいのか…?真意を尋ねると、S氏はこう答えた。
「だって、ロケは楽しまないとダメだからね。」
なるほど、撮ることばかりに意識がいってしまうと、撮る前に対象を知ることがおろそかになってしまう。感性をオープンにして雰囲気を感じとり、頭のなかの想像を越えるものを掴もうとする姿勢が大事なんだと、そんなことを思った。
S氏には、「思い出を美化しすぎでは?」と言われてしまったが…。